本願寺は、丹後地方ではもっとも歴史の古い浄土宗寺院で、縁起によると、天平2年(730)、行基がこの地を訪れ、一本の大樹に群集していた鴫がたちまち仏に姿をかえ西の空へ飛び去るという瑞相があり、この大樹で阿弥陀如来の像を刻み、一宇を建立してこれを安置したのに始まり、その後、恵心僧都が中興したと伝える。
本堂(国指定 重要文化財)は、丹後で最古の木造建築であると同時に、唯一の中世仏堂遺構として貴重なもので、鎌倉後期のものと見られている。
勅使門(市指定 有形文化財)は、建久3年(1192)に崩御した後白河法皇の追悼会を行った際、法皇に仕えたことのある久美庄の領主・伊賀守が後鳥羽天皇の勅使を迎えるために建てられたと伝えられ、明治38年(1905)に解体修理を受けているが、鎌倉時代初期の建築様式を伝える貴重な建築物である。
本尊である木造阿弥陀如来立像(府指定 有形文化財)は、正面から見た相貌は穏やかで、衣文も伝統的な藤原様式に従いながら、相貌の側面観には厳しさをたたえ、鎌倉時代初期の京都仏師による新しい様風を顕著に示している。保存状能もよく、その価値は非常に高いものがある。
この他、絹本著色当麻曼荼羅図(府指定 有形文化財)、絹本著色仏涅槃図(府暫定登録 有形文化財)、絹本墨画白衣観音像(府暫定登録 有形文化財)、本願寺文書(府登録 有形文化財)など、多くの文化財を伝えている。