奈具神社は、『丹後国風土記逸文』に記された「奈具社」とされ、次のような話が伝わっている
丹波の郡比治の里の比治山の頂にある真奈井に天女が8人降り立ち水浴びをした。その姿を見た和奈佐(わなさ)の老夫婦は、天女の羽衣の一つを隠し、一人の天女は羽衣がないため天に上がれなくなり、和奈佐夫婦の子となった。
そこで天女は、万病に効くという酒を造り、そのおかげで老夫婦の家は豊かになった。
しかし、豊かになった老夫婦は、天女に対して「わが子ではないから早く家を出ていけ」と言い、天女を追い出してしまった。
天女は嘆き悲しみ、荒塩(峰山町久次)から丹波の里哭木村(峰山町内記)を経て、奈具の村にうつり「なぐしく成りぬ(心が安らかになった)」とこの地に留まったという。この天女こそ奈具社に祀られた豊宇賀能売命とされている。
舟木の踊子(府登録 無形民俗文化財)は、舟木の氏神奈具神社の祭礼に行われる芸能で、大太鼓・カンコ・ササラ各四人の踊子と鬼一人で構成され、傘鉾一基がそれに付く。鬼以外はすべて少年の役であり、大太鼓の持手を勤める最年長者を「大将」と呼び、大将が踊子を統率する。
この踊子は黒部のそれと同類型の伝承であり、風流田楽やその流れをひく風流踊の古態をしのばせるものとして、芸能史的にも価値が高く重要である。