選ばれし場所 竹野神社
京丹後市の北部にある依遅ヶ尾山の麓、日本海のほど近くに竹野神社は鎮座している。古くから「いつきさん」の名で地域の人たちに親しまれてきた竹野神社の歴史は古代までさかのぼり、かつては皇室とのつながりもあった。そんな長い歴史をもつ竹野神社では、この地域特有の伝説が残り、それにまつわる秘祭が行われていたという。
それはどのようなものなのだろうか。
日本海へと続く真っ直ぐな松並木の参道の先に竹野神社はある。
『延喜式』神名帳に大社として記載された神社で、その創建は非常に古い。当時丹後国の有力豪族であった丹波大県主由碁理の娘で第9代開化天皇の妃となった竹野媛が晩年、宮廷を辞して帰郷した折に、天照大神を祀ったことに始まるという。
神社は3方が塀で囲まれ、そこには天皇家とゆかりがないと施すことができないという、白い2本線が引かれている。また神殿本殿には「菊の御紋」が彫られ、こちらも竹野神社が天皇家ゆかりの神社であるという格式の高さを表している。
その隣にあるのが摂社、斎宮神社である。「いつきさん」と呼ばれる由縁になった社だ。
その参道に立つ。
一歩足を踏み出すと、境内全体に「ここはなにか違う」と感じさせるほど、厳かな雰囲気が漂い身震いしてしまう。
神妙な気持ちで参道を歩きながら禰宜の櫻井祐策さんに案内をしていただくことにした。
「ここ竹野神社は、修験の山である依遅ヶ尾山と日本海の間に位置しています。依遅ヶ尾山の向こう(東)から太陽が上り、社の上を通って海(西)に太陽が沈む。つまり自然界における太陽の動きを見極めて社の場所が選ばれている、ということなのです」
と櫻井さん。自然のことわりの中でこの場所が選ばれる理由がもう一つ。
「昔の人の想像力は本当にすごいと思うのですが、彼らは物事が重なる場所を大切にした。山と太陽が重なる場所、川と海が交わる場所や川と山が重なる場所、つまり自然が重なる場所に神が宿ると考えた。この社もそうした場所に当てはまるのでしょう」
という言葉に唸ってしまう。
すぐ傍には日本海側有数の巨大前方後円墳の神明山古墳があり、この場所の重要さは古代から知られていたようだ。海から山に向かって続く参道から考えても、竹野神社は海を意識しているように思われる。
海は多くの人と物を運ぶ道となり、そこには人も神も集まってくるということなのかもしれない。
そんな重要な場所に建てられた竹野神社には、ある伝説が残されている。麻呂子親王の鬼賊退治伝説だ。
麻呂子親王とは、第31代用明天皇の皇子で聖徳太子の異母弟と伝わる人物。彼が天皇の命令により三上ヶ岳に住み着き悪行を為す3匹の鬼と、その配下を征伐するために同地に赴くことになり、願いが叶うよう天照大神宮へ参籠する。その道中、多くの奇跡を起こしながら天照大神より白い犬と鏡と剣を賜るのである。さらに護持仏であった薬師如来に大願成就を誓い、自ら薬師如来像を7体彫り上げる。こうして天照大神と薬師如来の加護により大願成就を果たした親王は、加護の返礼として天照大神を祀る斎宮と薬師如来の7つの寺を勧請した、というもの。
この伝説に語られている天照大神を祀る斎宮が竹野神社なのだ。
麻呂子親王伝説は丹波・丹後地方に広く伝播している伝説で、七仏薬師信仰・天照大神信仰と深く関係しながら地域に根ざしている。各地に伝播したこの伝説はいくつかの形をもつ一方で、必ず斎明神(=竹野神社)について語られる。さらに、現在は神社で見ることはかなわないが、竹野神社には伝説を描いた縁起絵巻も伝わっている(京都国立博物館に寄託中)。
まさに、この竹野神社が伝説の中心地と言えるのである。
麻呂子親王の鬼退治伝説との関わりから竹野神社では、かつて毎年11月の丑の日に「鬼祭り」という秘祭が行われていた。竹野神社の神主と竹野村の下社家と呼ばれる人々だけが参加する祭で、白米と真砂を混ぜた供物を立岩に供えるというもの。供えられた供物はすぐに何者かが食べたという。また、祭の夜は不思議な事があるとして、祭の参加者以外の外出を禁じ、旅人の宿も断っていたそうだ。さらには「祭の参加者に姿を見られると3年以内に亡くなってしまう」とか「祭の事を聞くとどこからともなく足音が聞こえる」など、少し怖くなる話も伝えられている。
鬼を恐れる祭の様にも感じるが、鬼の墓とされる「鬼神塚」という石塚も大切に残されており、
謎は深まるばかりである。
どうしてこの様な祭が行われていたかの理由は伝えられていないが、人々の鬼に対する想いは単純
なものではなく、それもまた伝説とともに連綿と伝えられていたのかもしれない。
この場所は祈りとともに人々の想いも重なる場所なのかもしれない。
竹野神社は、古代の人々が見出した自然が幾重にも重なりあう土地に築かれ、悠久の時の中で信仰と伝承を育み、歴史を積み重ねてきた。緑に囲まれ海へと繋がる参道に立つと厳かな空気に心が洗われ、櫻井さんが話す「選ばれた場所」だという事を強く感じることができる。
ここに立って、是非ともこの空気を体感していただければと思う。